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「私の英語勉強法」/後閑信吾さん(バーテンダー)

撮影・武藤要
シェーカーを振りながら、「新しいカクテルに英語の名前をつける時など、英語は常に新しい学びがあって奥が深い」と語る後閑信吾さん

一流を目指すなら、英語は必須

バーテンダーの後閑信吾さんは単身米国に渡り、現地で腕に磨きをかけてから、米代表として世界一のバーテンダーを決める国際大会に出場するまでになり、2度目の挑戦で優勝を果たした。その後、業界の第一線で活躍し続けるが、シェーカーを振って客を魅了するだけでなく、ゼロからスタートした英語も駆使して、国内外のゲストをもてなす。現場で通用する「生きた英語」を身に付けるにはどうすればよいのか、聞いてみた。

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言葉の壁

アルバイトとして気軽に始めたバーテンダーだったが、どうせなら手に職を付けたいと思い、独学で腕を磨いた。その後、川崎市内のバーで店長を任されるまでになったが、そこで常連客から「ニューヨークに行っても成功すると思うよ」と言われたことがきっかけとなり、渡米を決意した。

大都市ニューヨークに渡ったのは、23歳の時だった。現地では様々な不自由に見舞われたが、一番の壁が言葉だった。仕事を得て、バーに立ってみても、客の話が分からなかった。各国人が集まるニューヨークでは、色々な発音で様々なレベルの英語が話されている。客とのコミュニケーションが大切とされるバーテンダーは、流ちょうな英語を話すべきだと思えたが、話すことはおろか、聞き取ることさえできなかった。「ニューヨークで英語がしゃべれないなんて、人間じゃない」と、辛辣な言葉を浴びせられたこともある。

悔しさをバネに、お店に入ってから帰るまでの間に想定される客との問答を知人に英訳してもらい、丸暗記した。「ご注文は」「おかわりは」といった接客や電話の応対で必要とされる基本表現は口に出して何度も繰り返しているうちに、滑らかに出てくるようになった。メモ帳を常に持ち歩き、客とのやり取りを書き留めては、帰宅後、その意味を調べた。他のバーテンダーたちの話しっぷりにも耳をすませ、何度もまねた。「侮られないように、ネイティブスピーカーであると思わせたかった」

しかし、滑らかに話せるようになっても、客が早口で質問を重ねてくると、途端に訳が分からなくなった。「語(ご)彙(い)を増やさなければ」と思い、映画を英語字幕付きで見て、分からない単語に出くわしたら映像を止めて意味を調べ、耳を慣らすために繰り返し聞くといった訓練を自分に課した。

「もっと自分らしく」

渡米から4年がたった頃、誘いを受けて、世界のトップバーテンダーが集う「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」に出場することにした。オリジナルカクテルを作りながら、そのカクテルにまつわる物語を英語で語らなければならないコンペで、各国大会を勝ち抜き、本大会で頂点に立てば、「世界一」のタイトルが得られる。

最初の挑戦は地区大会敗退で終わったが、「今度こそ」と再度挑んだ2012年には地区大会と米国大会を通過し、プエルトリコで行われた本大会準決勝でも決勝に進む8人のうちの1人に選ばれた。だが、コンペの終盤では英語力がネックになった。他の出場者はカクテルを作る技術はさることながら、語学力にも優れていた。ペラペラと英語で語っては場内を大いに沸かせ、力の差を見せつけられた感じだった。決勝進出を決めたものの、審査員からはプレゼンテーションの弱さを指摘された。

ただ “Just be yourself”(もっと自分らしく)という、ある審査員の一言で、奮起することができた。翌日に控えていた決勝では、プレゼンの内容をすべて変えることにした。

決勝では手も足も声も震えたが、「自分のことをもっと話そう」と思い、渡米してからの様々な苦労や、東日本大震災が発生した折には、帰国したくてもできなかったことなどを語った。「英語は拙いし、感情的になって言葉に詰まったけど、会場が味方になってくれたのを感じた」

大会のルールでは、作り終えたカクテルを審査員に配り、片付け終えるまでが審査の対象。カクテルを配り始めた時点で、残り時間は30秒しかなかった。配り終えると、客席から歓声が上がった。はっとして舞台を振り返ると、他の3人の出場者が片付けを始めてくれていた。急いで舞台に戻り、観客にあいさつすると、制限時間内にすべてが終わっていた。会場がどっと沸いた。

審査は長時間に及んだが、結果は優勝。「一生分泣いた。こんな大舞台でそんなことをしてもらえるなんて思ってもみなかった」。他の出場者に礼を述べると、「逆の立場だったら、君も同じことをしただろう」と返してきた。

「あの日に人生が変わった。助けてくれた他の出場者やそれを受け入れてくれた審査員。彼らに恥じないチャンピオンでいなければという思いが、今も自分を成長させている」

英語が話せれば、人生はもっと楽しい

昨年6月に帰国し、国内では初めて、東京・渋谷に店をオープンした。客の半数以上が外国人だ。日本のバーで外国人が楽しめるかどうかは、カクテルの味だけでなく、言葉が通じるかどうかにもかかっている。「一流と呼ばれるバーテンダーになるには、英語は絶対避けては通れない」。そんな確信があるから、スタッフの英語力の強化に力を入れ、実地に根ざした英語の習得法を伝授している。

「英語の勉強は海外に行ってみたい、英語を学びたいと思った時が始めるタイミング。筋トレみたいに、日々の積み重ねで力が付いていく。英語がしゃべれた方が、人生は絶対に楽しい」

(石黒彩子)

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ごかん・しんご 1983年、東京都生まれ。2006年に渡米後、ニューヨークの有名店でヘッドバーテンダーを務め、12年に「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」優勝。その後、上海でバーを数店オープンし、18年には東京・渋谷に The SG Club を出店。

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